もう少し、もう少しの我慢。は襖に背を向けて蒲団を被り、そして聴覚を研ぎ澄ましていた。
窓も締め切っているからうだるように暑いが、風鈴(ジャスタウェイ形)の音に邪魔されない為だから仕方がない。
じっと襖の向こうの物音を伺っていると、ようやく聞こえだす。
ガタッ、バタン。ガタガタッ、バタン。
(起き上がって、やっぱり寝て、起き上がって、やっぱりまた寝て。)
バサッ!ドタドタドタドタ、ぴたっ。
(でもやっぱり起きて蒲団をはいで、襖の前までやって来て、そこで立ち止まる。)
そして少しの間静まり返るが、それは襖の向こう…こっちの物音を伺っているに違いない。
彼 ―― 坂田銀時の行動なんて、手に取るように判る。
次に、名前を呼ばれる事も。
「…ちゃーん?」
ほら、やっぱり。でもまだ応えてやらない。
今日はにとって、年イチのお楽しみの日だから。
「ちゃーん…起きてるぅ?」
遡る事、数時間前。
はそれを仕掛けた。
夏の風物詩でもある怪談の特番。
坂田家のテレビは見ているというより基本流れているだけだから、
事前にセットしておいた通り、夜8時ぴったりにその番組を流し始めた。
その途端、ガタリと席を立つ男が一人。
「銀さん、怖いの?」
本人は至ってさりげないつもりだろうが、周りから見たら挙動不振以外の何ものでもない。
気取られないようにチャンネルを変えに立ったつもりの銀さんに、
用意しておいた言葉をかけると、一回肩をビクリと揺らした後、顔を引き攣らせてこちらを向いた。
それも彼にとっては普段通りに見えるようにしているつもりなのだろう。
「え?何が?怖いって何が?銀さん暑いから窓開けようとしただけだよ?
べ、別にチャンネル変える為に立ち上がった訳じゃないからね。
つかそもそもテレビなんか見てねェし。
なーに言っちゃってんのチャンってば全く。」
「……窓、開いてるよ」
「え?あ…ホントだー、銀さん暑過ぎて閉まってるのかと思っちゃったよー。
コレだから夏は困るね、はは、ははははは…」
銀時のホラーが苦手な事は皆知るところ。
そして、それを全力で隠している(つもりな)事も。
こう言ってくるだろうから、こう返そう。がそうイメトレしていた通りに事は運び、別々に寝るところまで無事こぎつけたのだ。
本番は、これから。
「、寝ちゃった?」
すすす、と襖が開き、真っ暗な部屋を銀時は見渡す。
タヌキ寝入りを決め込んでいるは、その視線が自分に刺さっているのを感じる程だったが、ピクリとも動きはしない。
完全に寝ているように見えているに、銀時は話しかけ始める。
「やっぱ一人で寝るのは淋しいでしょ?」
淋しくないもん。
「銀さん一緒に寝てあげようか?」
別に良いってば。
「夜はやっぱり冷え込むし、くっついて寝たほうが良いよね?」
…暑いし。
返事のないに色々を理由を並べて近付いてくる銀時。本当はの蒲団に駆け込みたいのだろうが、それを感づかれないように(誰に?)変な歩き方をしたものだから、途中目覚まし時計に蹴躓いた。は吹き出しそうになるのを必死に堪える。意識のない(と思っているはずの)者にまで見栄を張っているのが銀時らしい。否、銀時はありもしない誰かの視線を感じているのかも知れない。否、ないと思うけど。
「?」
もぞもぞと蒲団に潜り込んで来た銀時は、外側を向いて寝ているの背中に声をかける。
「起きちゃった?」
寝返りを装って大きく身体を動かしたり、咳ばらいをしたり。
何としてもを起こそうとしている。そんなに怖かったっけ?稲川順三の怪談。
「起きてるんでしょ?」
どんな内容であれ、銀時にとってはカナリのものだったのだろう。
必死に(でも自然に)起こそうとしていた銀時も、次第に涙声になってきている。
ここまでくると、ちょっと可哀相で胸が痛くなってくる。
ここが限界か。
「…銀さん?」
それは、今、銀時が来たから目を醒ましたというように。
出した声は掠れていて、自分でも驚く程迫真に迫っている。
女は誰しもが女優だから…という事にしておこう。
「おう、、大丈夫か?」
「…へ?何が?」
「お前すんごい魘されてたぞぉー。
さっき見たテレビが怖かったか?
よし、しょーがない。銀さんが一緒に寝てあげるよ?もう安心だ。よしよし」
やっぱりか。は心の中で小さく溜息をついた。
寝ている人間にまで見栄を張るんだから、起きているに見栄を張るのも当たり前の事。
魘されるも何も、起きてたけど。
少しツッコミたい衝動に駆られたが、ぽんぽんと頭を撫でるそれが心地良いので止めておく。
夏の夜、怖い話のあとは
(彼が少し甘えてくれるんだ)
夏に1回だけこんな日を作って甘えてもらう。
それがの楽しみ。
1回以上やるのは、銀さんの怖がりようを見ていると可愛そうにもなるから、1回だけ。
彼が甘えてくれるのは、支えになれているみたいで、ちょっと嬉しい。
「?」
「…起きてるよ」
いつもは自分より先に寝てしまう銀さんが恨めしくもなるけど、
今日は素直に彼が眠るのを待てる。
こういった日は、必ず腕枕をしてくれるから。
その暖かさを、いっぱいに感じながら。