ちりん、と澄んだ音が風に乗って鳴る。 涼し気な音ではあるが、体感温度が下がる訳ではない。 先程から地図を広げて見ているが、頭は一向に回ってくれない。


「sweltering」

「…え?」


ポツリと不満を零すと、斜め後ろから鈴を鳴らしたような声が返ってきた。 さっきからずっと団扇で政宗を扇いでいるは、汗ひとつかいていない。 陽も落ち、日中より幾分気温は下がったといえ、暑い事に変わりない。 政宗は着流し一枚で全身がじっとりと汗ばんでいるのに対し、浴衣姿のは涼しそうですらある。 浴衣のほうが涼しいのか?否、そんな訳はない。 胸元は全開で、片足を立てて座っているから裾も肌蹴けさせいる政宗のほうが、 きっちりと着付けているより暑い訳がない。


「暑いよなあ?」

「はい、暑いですね」


純粋な疑問をぶつけると、『暑い』 と満面の笑みで返ってくる。 彼女のそれは、全く以って、ほんの少しも、暑そうではない。


「全然暑そうじゃねぇよ」

「そうですか?」


暑さのせいでイライラとし、茹だる脳のせいで自分ばかりが暑いような気がしてくる。 最早戦の事を考えている余裕も、考えようとする事すら出来ない。


「…政宗、さま?」


の景色は一瞬で回転し、目に映るものは政宗と天井だけになった。 突然、政宗に押し倒されていた。何が起きたのか理解出来ず、 目をパチクリとさせながら政宗に問うと、彼はニヤリと口角を上げる。


「お前も、汗をかけ」


両手首を抑えこまれ、馬乗りにされているせいでは全く動けない。 否、彼女は動こうとすらしていなかった。 頭にの乱れる姿が浮かび、思わず喉がなる。 普段しとやかに笑顔を振り撒いている彼女の、乱れる姿は堪らない。 汗ばむ肌に長い髪を張り付かせ、快楽で涙を流して啼く姿。 政宗はそのまま強引に深く口唇を併せようとしたが、はたとして動作を止めた。が、微笑んだから。


「冷たいお茶でも煎れて来ましょうか」


の場違いな言葉に、政宗は眉根を寄せる。
一体何を言っているんだ、この女は。


「お前、自分の状況わかってんのか?」

「はい。本当に成さるつもりではないでしょう?」

「……どうしてそう言える」

「政宗さまは、伽の時、特別お優しいですから」


政宗さまは、お優しい人ですから。 そう付け足して、はにこりと何の疑いもない表情を向けた。 この状況で、それも独眼竜と畏れられる政宗に組み敷かれて、よくもそんな事が言えるものだ。 政宗の激情は瞬時に萎えていき、はぁ、と大きな溜息を一つついてから身体を放した。


「お前には敵わねえ」

「そんな事はありません」


そんな事ある。が、興を削がれたせいで言い返すのも億劫になり、それ以上は何も言わなかった。 興ざめしてしまった虚無感を埋める為に政宗が煙管を咥えると、は肌蹴た浴衣を直しながら席を立とうとしていた。 そのの細い手首を、思わず掴む。


「政宗さま?冷たい物をお持ちしますので…」

「…いらねぇ」

「え?」


蚊取り線香の匂い、風鈴の音、隣にあなた
(今は、他のものはいらない)


残り少ない線香の香りと畳の匂いが鼻腔をくすぐる。


「…夏、ですね」


風鈴の音とともに、涼やかな声が耳に届いた。
斜め後ろや下からでなく、政宗のすぐ隣から。