先程までは良く晴れていた。
約束の日に気持ちの良い天気だなんて、
自分の日頃の行いが良かったんだ、なんて事まで思ってしまう程に。
「降られちゃいました…」
「…ん」
住んでいる街の観光など早々する事もなく、ローマ市内を二人で巡るのは思いがけず楽しかった。
その天気と同じように気分も良く、沢山喋り、沢山笑った。
喉が渇けば途中でグラニータを買い、喉を潤しながら歩いた。
普段は買物や食事で外に行く程度で、久々にデートらしいデートを楽しんでいたのだが、
突然、夕立ちに襲われてしまった。
「服があまり濡れなくて良かったですね」
「クラウディオもね」
潰れてしまったエノテカの軒先。
ほんの少し出ている深緑色の布の屋根の下。
どんよりとした空を見上げると、大きな丸い雨粒が勢い良く落ちてくる。
「暫く、止みそうにありませんね」
「うん…」
バタバタと、屋根に当たる雨の音は勢いを増すばかり。
人々は皆避難したのか、道にひと気はない。
石畳に打ち付ける雫が跳ね、足元を濡らす。
「あそこまで、走ってみますか?」
「え?」
クラウディオの指差す方に目をやると、小さなバールが見えた。
あの店に駆け込んだ人も多いのだろう。
ガラスドアの入口にうっすらと多くの人影が映っている。
ほんの十数メートル先の店とはいえ、この雨の中を走るのは骨が折れる。
しかし、この際仕方がない。は気合いを入れるように、ふぅと息をはいた後、返事をする為にクラウディオを見上げる。
そこで、固まってしまった。
「…?どうしました?」
固まったままのを、不思議そうに見詰め返すクラウディオ。
雨のせいで、彼の色素の薄い少しクセのある髪は落ち着き、毛先からは雫が滴っている。
頬をつうと伝う水滴。
もう何というか、これは間違いなく水も滴る何とやら。
普段から色っぽい人ではあるが、それが倍増している。明らかに。
「?顔に何か付いています、か?……え、へっ?!」
クラウディオの腕を下にぐいと引っ張り、頭の位置が低くなった彼の口唇に自分もあわせる。
不意打ちであるが、仕方ないだろう。
女の自分が嫉妬する程の色気が、彼にあったのだから。それはもう、悔しい位に。
「クラウディオ?」
彼の反応を楽しむように顔を覗き込むと、
今までは目を大きく広げて口をパクパクとさせていたのに、ぷいと顔を逸らせた。
顔をこれでもかと真っ赤にさせ、口許を手で覆いながら。
キスなんて挨拶のようにしているのにこの反応。
父親よりも年が上の彼が、可愛くてしょうがない。
雨に降られて沈んでいた気持ちはどこへやら。喉元に笑いがこみ上げる。
狭い雨宿りの場所で肩を寄せ合う
(誰も邪魔する事の出来ない、二人の場所)
少しあった距離を、ゼロにする。
バールに駆け込もうという提案は、二人の中から消え去った。
未だに顔を向けてくれないクラウディオから、おずおずとした声が落ちてくる。
「…は、意地悪ですね」
ふて腐れた少女のように言う彼の腕をぎゅうと組む。
線の細い彼の、意外にも逞しい腕に絡まる事が出来るのは、だけの特権。
「クラウディオにだけだよ」
がそう言うと、ほんの少しだけ、絡めた指に力が込められた。