見渡す限り人の気配がないのが、また寒さを増長させる。
北風が公園の砂を巻き上げながら襲いかかり、思わずコートの襟を引き寄せた。
デートスポットであるこの港の見える丘公園も、この季節で、 しかも真夜中では、人気がないのは仕方ないのかも知れない。 手摺り越しに夜景を楽しむのも飽きてベンチに腰をかけると、こんなに有名な公園なのに街灯は少なく、かなり暗いのに気付く。 周辺は住宅街で、石を蹴っただけでビクリとしてしまいそうな程の静けさ。 黄色く点滅しっぱなしの信号機も、独りで寂し気。 周りがカップルだらけだと苛々するだろうが、誰も居ないとそれはそれで寂しい。 とても、寂しい。


大きな溜息を着いて、帰ろうかな、と心の中で呟いた。 21時に約束していたのに、もう日を跨いでいる。 大事な日だったのに、連絡すら、ない。
――― と、誕生日の終わる瞬間を寒空の下、独りで寂しく過ごした、というのに。


「…腰、痛い…」


すっぽかし確定だと思っていた彼は、帰宅を決めた瞬間に電話を寄越して来た。 しかも、第一声は 『Unbelievable. まだ待ってたのか?』 だ。 こんな仕打ちをしておきながら、夕飯も摂らないままホテルに連れ込まれ、 更には甘い言葉一つなく何度も身体を求められ、寝たのは明け方。 そりゃあ、有名ホテルのスイートのベッドは、寝心地抜群だったけれど。


「ah?何か言ったか?」

「…いえね、立てないんです。」


こんな酷い誕生日は生まれて初めて。と、当てつけがましく頬を膨らませて不貞腐れて見せると、 クイと顎を持ち上げられ、「可愛くねーな、お前だって好かっただろ?」 と意地悪な笑みを向けられた。
…まあ、それは、そう、だけど。
正直、迎えに来てくれた時点で、彼への不満など吹き飛んでいる。 けれどあんな想いをさせておいて、少しも悪びれた様子がないのが、ちょっとだけ悔しい。


「お腹すいたし」

「ルームサービス取りゃ良いだろ」


きっと彼は、今日も仕事なのだろう。 まだ7時前だというのに既にシャワーを浴びた後で、 タオル1枚身体に巻き付けて、少し長めの髪からは雫が滴っている。
は烈しいセックスに失神同然で眠りにつき、今目が覚めたばかりだというのに。
多くの部下を従えている立場に居るのだから、忙しいのも仕方ないと思うけど、 身体を壊してしまわないか心配になる。 小十郎さんという物凄く優秀な秘書も居るのだから、もう少し頼っても良さそうなのに。

カシャン、とライターの蓋を閉める音と同時に、政宗はベッドの端に腰掛けた。 大き過ぎるこのベッドでは、彼が座った感覚すら届かない。 顔すら向けずにポンとルームサービスのメニューを放られ、その距離が更に遠くなったような気がした。

フルーツとパンケーキ、あとフレッシュジュースと…何を頼もうか。
昨晩楽しみにしていたフレンチも結局食べられなかったし、それにきっと、食事が届く頃にはもう独り。 どうせ彼のカード払いなんだから、ドンペリでも頼んでしまおうか。 請求が来た時驚けば良い。 そんな意地悪な事を考えた直後、彼はその程度では気にも留めない事に気付き、ちょっと虚しくなった。 溜息を隠すよう、体育座りの状態で蒲団をかき集め、顔を伏せる。


「頼まねェのか?」

「……やっぱり要らない」

「はァ?」


ああ、またやってしまった。 顔を伏せたままだから見えないけれど、私を見るその眉間には皺が刻まれているはず。 きっと可愛くない女だと思っているだろう。 この歳になってまで意地張って、一体何をやっているんだか。 昨日また一つ歳を重ねたばかりだというのに。

ただ、ほんの少しで良いから、優しくして欲しいだけ。
それだけで、機嫌もすぐに良くなってしまうのに。
何時間待たされても、すぐに出て行ってしまっても、 「ゴメン待たせた」 って抱きしめてくれたら、「いってらっしゃい」 って、笑顔で送り出せるのに。
そんな事を言う人じゃない事も、判っているけれど。


「……を、2つ」


明らかに自分でない人と話す彼の声が聞こえ、のそのそと顔をあげた。 そこには、備え付けの電話器で話す彼の姿。 こんな早朝から、もう仕事の話しだろうか。 政宗はのそんな視線に気付き、受話器を置いてから向き直った。


「何だ?」

「ううん、こんな早くから大変だなあって思っただけ」

「何言ってんだ?朝メシ頼んだだけだろうが」

「?…え、」


それは仕事の電話ではなく、さっき言っていた朝食のオーダーだったらしい。 要らないって言ったのに…と、思ったところではたとする。
2つ、って言ってなかった?


「何を2つ頼んだの?私そんなに食べられないよ?」

「おい、一人で食う気か?」


政宗の質問にコクリと頷き、目を瞬かせた。
だって、もう仕事でしょ?
いつもならあと15分もすれば、小十郎さんが迎えに来る時間。


「いくら何でも欲張り過ぎだろ。二人前も食ったら太るぞ?」

「…だって、」

「俺だって昨日のDinner抜いてるんだぜ?朝メシくらい食わせろよ」


大袈裟にはぁぁ、と溜息をつく彼は、呆れているというより、からかっているように見える。
これは、もしかして、


「一緒に朝ご飯食べられるの?」

「今更何言ってんだ?」

「仕事の時間、大丈夫なの?」

「 や す み 」

「え!何で?」

「何でって言われてもな、休みは休みなんだよ」

「嘘ぉ…」


突然降ってきた幸福に、少し信じられず、少し目頭が熱くなった。
これは今日一日、一緒に過ごせるという事だろうか。
忙しくてしばらく休めない、と ぼやいていたのは、ついこの間だったのに。

…そうだった。
甘い言葉も優しい態度もないけれど、彼は誰より大切にしてくれる。
そんな事を忘れて凹んでいた自分が馬鹿らしくなり、顔をあげた。
そしてとびきりの笑顔で 「今日、何しよっか」 と、ゴメン、の意味を込めて問う。


「晩飯まで一歩も外に出さねーよ」

「一日休みなのに?」


滅多にデートなど出来ないのだから、当然出掛けるものだと思っていたが違うらしい。 久々の休みだから、ゆっくりしたいという事か?そう考えたところで、彼はニヤリと口角を上げた。


「3日位腰がたたねェようにしてやるよ」

「え?ええ〜…」


どうやら昨晩は、今日一日二人で過ごす為に、相当な量の仕事を熟して遅くなったらしい。 その情報と一緒に、予定していた会議の日程調整に凄く苦労した と、 小十郎に小言を言われたのは、翌週の事。


Love, ANNA

( IMAGE by : NEO HIMEISM