「供に、来て…いただけませぬか」
彼からその言葉を聞いた時、思わず 「何処へ?」 と返してしまった。 彼の言い方が遠回しだったせいもあるが、心の何処かでその言葉を受け入れたくなかったせいかも知れない。
の返答に、目を丸くし、これでもかと頬を染めた彼。 けれど直ぐに意を決しかのような表情に変わった。
「某と、一緒に、なってはいただけませぬか」
純粋で真っ直ぐで、熱くて強く、何より優しい彼からの申し出。 兄を通じて顔を合わせてから、彼が好意を寄せてくれている事は感じていた。 彼ならば、必ず大切にしてくれるだろう。
―――…でも。
出来る事ならば、その言葉は聞きたくなかった。
彼だから、という訳ではない。 否、男性としてではないが、も彼の事を好いているからこそ、かも知れない。 誰に付いていくとしても、この想いを変える事は出来ない。 良き妻である事は出来るが、あの人以外、心から愛す事は出来ない。
そしてそれが、相手に対して裏切りであるなら。
せめて、自分を慕ってくれる人でなく、女を政治の道具として見るような人のところに嫁ぐ事が出来たなら、誰も傷付かないで済むのに。 ずっとこのままで居られるなどとは、思っていないのだから。
「…私などで、宜しいのでしょうか?」
(私は貴方様には相応しくない女です。)
「某は殿でなければ、こんな事を申しはせぬ…!」
(――― 私は、別の人を想っているのに?)
今まで山とあった嫁入りの話しを、の耳に入る前に蹴り続けたのは兄、政宗だった。 今回のこの話しも、とうに彼は知っている。彼の許しを得ているからこそ、にまで話しが通ったのだろう。
がこの城から出て行く事を許したのだ、政宗が。
伊達の遠縁に当たるが、此処へ養女として迎え入れられたのは幼い頃。 眼の病のせいで実の息子すら忌み嫌っていた母親は、実子でないとも顔を合わせようとしなかったが、父親は違った。 皆分け隔てなく接してくれた。そして、兄達も。
「Hey!」
「…兄さま…」
足を踏み鳴らしながら異国語交じりで声を掛けて来たのは、政宗。 自分の城といえ、奥州筆頭が一人の供も連れずに。 そんな兄の表情は明るい。 理由は知れている。 先程の、の輿入れの話のせいだろう。
「どうした?浮かねぇ顔してんじゃねェか」
青い顔をしているを、政宗は少しの遠慮もなく覗き込んだ。 そんなデリカシーのない行動が赦されるのも、政宗だけ。
最初は自分と同じように、母から嫌われたへの同情だったのかも知れない。 けれど政宗は、一城の主となった今尚、を実の弟以上に可愛いがっていた。 それはが、願う事さえ赦されない事を、夢見てしまう程に。
「浮かない顔だなんて、そんな事ございません」
の頬にかかる髪を、政宗は少し心配そうに、そっとかきあげた。 自分へと真っ直ぐ降ってくる兄の視線。 素直とは違うが、一直線なそれは、彼は、兄と似ているのだと思わせるに充分だった。
「マリッジブルーか?」
「ま…り、?」
「嫁入りが決まってから、HAPPYな反面、不安になったりするんだと」
「まだっ!…嫁ぐと決まった訳では、あり…ません…」
思わず声を荒げてしまったが、言葉尻は消えていった。 めでたい事を茶化すように言っていた兄の眼が、何かを感じたのか、真剣なものに変わったから。
(私は一体何を言っているの?)
こんな良い縁談は他にない。 相手は政宗も認めている人。 大事な妹をやっても良いと、無条件で快諾する程の。
政宗は、も喜ぶはずだと思っていた。 仮に、育ったこの場所が恋しく多少淋しいと想ったとて、逆らうような事はしないし、そんな表情を見せる女でもない。 それを判ったうえで、それでもこの男ならを任せても良いと思っていた。 最初淋しい想いをしたとしても、後には必ず幸福だと想えるようになると、確信していたから。
がこの米沢城へ来た時と、同じように。
「どうした」
「いえ…、」
感情が昂り、視界が滲むのを感じては政宗から顔を背けた。 けれどそれは少し遅く、幼い頃以来見ていなかったの潤む瞳を見て、政宗はを腕の中に引き込んだ。
「何か心配か?」
は何か言おうと口を開いたが、声が出て来なかった。 心地良い拘束と、すぐ側にある政宗の匂い。耳元で聞こえる、の為だけの言葉と、その声。
肺をぎゅうとわしづかみにされているかのように呼吸が出来ず、苦しい。 これだけ想い焦がれている人が、今自分を抱いている。はこれ以上感情が表に出てしまわぬよう、きつく、目を瞑った。 その内に、自分の想いを押し込めるように。
良い訳がない。
実弟以上に可愛いがり、大切にしてくれた兄に、まだ何を望む。
が想いのままにしてしまえば、政宗を困らせる事はあれど、喜ぶ事は、ない。
「お前の兄は、お前の幸せを本気で願ってる」
「……はい」
「その兄が、認めた相手だ」
「……はい」
「アイツならお前を必ず幸せする」
「………………はい」
愛して止まない相手からの、愛ある言葉。
願ってはいけない事だと判りながら、心の何処かでずっと夢見ていた。
愛ある言葉は、裏を返せば兄では妹を幸せにする事は出来ないという、至極当然であり、酷く悲しい言葉だった。
「万が一、ヤツがお前を泣かせるような事があれば、俺が即叩っ斬る」
これ以上はいけない。 これ以上心配させてはいけない。 これ以上自分の為などに心を折らせてはいけない。 これ以上優しい言葉をかけられれば、世迷言を口にしてしまう。 大切な妹からの、叶えられない想いを聞いた兄は、どんな顔をするか。
「You See?」
は政宗の背中に回しかけた手を、ぎゅっと握り絞め、
そして、胸の中でゆっくり十数え始めた。
(…ひい、ふう、)
気持ちを奮い立たせて、飛び切りの笑顔を作ろう。
一世一代の大芝居。
それからは二度と心配させるような顔はしない。
(みい、よお、)
愛しているから。
何よりも、誰よりも。
(いつ、むう、)
その想いを表に出す事はしないから。
誰にも悟られぬよう生きていくから。
だから、だから。
(なな、やあ、)
あと少しだけ。
十数える間だけ、彼の胸の中に居させてください―――。
(ここ、)
数え終える時には、変われるはず。
そう信じれば、そうなる。
(………とお。 )
は握り絞めていた拳をゆっくり開いて、政宗の胸元をそっと押し返した。
そして政宗に、今までに見せた事のない笑顔を向ける。
「兄さま、ありがとうございます」
自分の後ろめたい気持ちに気付いた時から、心から笑う事はなかった。
背徳感に押し潰されそうだった。 でも、もう違う。
「やはり兄さまの言う、まりっじぶるーというものみたいです」
先程の時間に。全てを閉じ込めてきた。
全て、全て、全て。
「心配かけて申し訳ありませんでした。もう大丈夫です。」
「お、おぉ…そうか」
急に明るくなったの表情に驚いたのか、政宗は彼らしくもなく吃る。 部下や仲間には見せない、愛妹にしか見せないその、少し困った表情。
「けれど、」
「…なんだ」
「本当に兄さまは私に甘いですよね」
「な、?!…お前が言うかァ?」
「が居なくなって、兄さまが淋しくて泣いてしまわないか心配です」
「Ha!」
…言うじゃねぇか、と言いながら、政宗はの頭をガシガシと撫で回した。
触れられる度に、愛しくて、苦しかったそれも、今はもう、感じない。
我を思ふ人を思はぬむくひにや
わが思ふ人の我を思はぬ
彼の想いを欺いている私は、私の想いを欺いて生きていく。
自分を欺き続ければ、きっとそれが、本当になると信じて。
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祭待
歌語り さまへ
Under Another World : ANNA