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ドカドカと足を踏み鳴らしながら廊下を闊歩する男、一人。 身体から放たれている話しかけるなオーラのせいで、誰も近付かない。 この城に居る誰しもが彼の恐ろしさを知っている。 此処は米沢城。 そしてこの人こそが奥州筆頭、伊達政宗。 楓 -kaede-
筆頭、機嫌悪くね?今話しかけたら殺されるぜ、等のヒソヒソとした声が耳に入るが、全く気になどしない。 そんなのはいつもの事。そんな事より、今彼は人を探していた。 その者の部屋も、寝所も、女中に任せておけと言っても入り込む台所も、 厠も風呂も、ついでに小十郎の畑も探したが居ない。 出かける時は必ず声を掛けてから行くはずなので、城の中に居るのは間違いないはず。 折角彼女の好きな菓子が手に入ったので、筆頭自ら呼びに来てやっているというのに、見当たりやしない。 「あ、ひっと…」 「五月蝿ェ!!」 明らかに機嫌の麗しくない政宗に鈍い男が一人話しかけて来たが、彼はそれを足払いで一喝。 何事もなかったかのように更に廊下を真っ直ぐ進む。 その男は憐れとしか言いようがないが、恨むなら空気が読めない自分を恨むしかないだろう。 元はといえば、そんな用事程度、人を使えば済むのだが、ここまでくると政宗も意地にもなる。 しかし見付からない事には腹が立ち、足音は更に大きくなり、チッ という舌打ちも何度目になるか。 廊下の角を曲がり、小さな中庭に面した縁側へ差し掛かり、 政宗はようやくその姿を見付ける事が出来た。 「……っ、」 怒鳴るように名を呼ぼうとしたが、声が出てこなかった。 一本の楓の木の下。慈しむようにそれを眺める、の姿を見て。 政宗に気付き、は彼に向かって微笑んだ。 燃えるような紅に染まる楓。枝振りは華奢だけれど、その紅葉はあまりにも見事だ。 秋風に遊ばれて紅い葉が宙を舞う。 抜けるようにあおい空と、楓の朱と、果敢無げに微笑む女。 その光景に、政宗は魅入ってしまっていた。 「政宗さまも宜しければこちらへ」 サラサラと音をたてながら降り落ちる楓の葉と、の声。政宗はつられるように中庭へ足を進めた。 既に頭には菓子の事も、彼女を呼びに来た事も消え去っていた。 「綺麗ですね」 「…ああ」 はらり、はらり。 その紅はまるで血の色のようで。 それはまるで血飛沫を浴びてでもいるかのようで。 地面に還っていくその紅が、散っていく命だとしたら。 美しくない訳がない。 「どうかなさいましたか?」 「…いや、何でもない」 はらり、はらり。 そのなかに居るは酷く朧げで、思わず手を伸ばして胸に引き込んだ。 確かには此処に居て。 自分の腕の中に居て。 しっかりとその存在を感じているのに、この焦燥感は一体何だというのだろうか。 理解の出来ない感情に、政宗は腕の力を強めた。 一回り以上も小さいに、まるで母に縋る子供のように。 人の命は、なんと果敢無いものか。 斬れば簡単に息絶える。 自分には力がある。 千騎と対峙したとて負ける気は更々ない。 けれど、彼女は? 世は戦国。 そんな覚悟はとうに出来ていたはずなのに。 の首筋に顔を埋めると、艶やかな髪から白檀の香がふわりと薫った。 この小さな存在が、この弱い人間が、どうしてこんなにも心を揺らすのだろうか。 背中を優しく叩く手のひらに気付き、我に返った。 何を考えていた?らしくもない。 そう顔を上げた先には、子をあやす母のような表情のが政宗を見つめていた。 その向こうには、楓の葉が変わらず散り続けている。 はらり、はらり、と。 もし、もしその時が来るのなら。 もこの楓のように美しく散って逝くのか。 そんな風にはさせやしないと想いながら、 そうであって欲しいと、心の何処かで想わずには居られなかった。 |