「まさかとは思うんですがねィ」


作業に没頭していたは、突然頭上から降って来た声にびくりとした。
その声の主は考えるまでもなく、が勤めている、真選組一番隊長の彼。


「まさか、俺にもソレってこたァ……ないない。ありえねェ」

「…へ?あ、え?あはは…」


丁度その時、仕事が一段落したは、翌日の為に箱買いしたチロルチョコを分けているところだった。真選組に勤めるの年イチの悩みといえば、このバレンタインの他ならない。 知っての通り真選組はほぼ男のみの集団。 ともなれば少ない女性陣の出費は多く、必然的に単価は安くなる。 平隊士にはチロルチョコを一つづつ。 局長、副長、隊長達へは残りを数個づつ分けて…と数えていた。 我ながらバレンタインにチロルチョコはどうかと思うけれど、 脳の大半が筋肉で出来た人達ばかりなのだからお返しも期待は出来ないし、文句なんか聞いていられない。 と、そんな事を考えている矢先だっただけに、氷のように冷たい総悟の視線は、かなり痛かった。


「あ、あの、沖田隊長、今日は一体どのようなご用向きで……って、あれ、沖田隊長?沖田隊長ぉー…?」


は突き刺さるような視線に耐え兼ねて違う話題をふったが、 自分の言いたい事を言い終えて満足したのか、彼は返答もせずに部屋を出て行った。に、無言の圧力だけを残して。


「い、一体、何だって言うのよ…もう!」


そして巡り巡った今日。 今日は既に3月15日。 間違いなく3月15日。 しつこいけれど、ホワイトデー翌日の3月15日だ。は仕事のやる気など出るはずなく、机に肘をついて奴を見ていた。 膨れっ面のまま手に顎を乗せているので、その顔は潰れてお世辞にも可愛いとは言えない。


「年頃の女が何て顔してるんでェ」

「何言ってるんですか、見えてないくせに」


当たり前のようにの仕事部屋で昼寝をしているのは、他ならぬ総悟。 バレンタイン前日、あんな事を言っておきながら、ホワイトデーを完全にスルーした男。


バレンタイン前日、は慌てて総悟用のチョコを買いに走った。 とはいえ就業後に行ったものだから、売り場は戦が終わった後の戦場のようで、 それこそチロルチョコしか残っていなかった。 そこでは致し方なく材料を買い込み、夜なべしてチョコを作り上げた。 馴れない為に小麦粉やらココアパウダーやらを調理場一杯にぶちまけながら。 それもこれも全てギリギリになって奴があんな事を言ったからだ!と、心の中で総悟に悪態を吐いてみたが、にも多少の…いやかなりの期待があった。 日当たりの良いの仕事部屋へ毎日のように昼寝に来る総悟。 ただそれだけの関係から、一歩抜け出せるかも知れないという期待が。 彼がサディスティック星の王子だという事も判っているから、慌てふためくが見たいとか、只単に他の人と同じ物なんて貰っても嬉しくないとか、 そんな事かも知れないという疑念もあった。 ――― が、好きな人にバレンタインに特別な物が欲しいと言われれば期待してしまうのは仕方ないだろう。 決しては間違っていないはず。
と、いうのに。睡眠不足で苦労して作ったチョコを渡せば 「ヨシヨシ」 と、 まるで言う事をきいた犬への褒め言葉のような事だけ言い、 ホワイトデーである昨日は、何もなく、というか一言も交わす事なく終わった。
長くなったが、その翌日が今日。
要求するだけしておいて自分は何もしないドS王子が、何事もないようにの部屋で昼寝をしているのだから、むくれても仕方がないというもの。


「あァー良く寝た」


ふぁぁと大きなあくびをしながら身体を伸ばす総悟。 もう既に陽も傾きかけている。 いつもと変わらぬこの男に、の怒りは募っていく。


「そりゃそうでしょうね。お昼ご飯の後から巡察にも行かないで、ずぅーっ、と!寝てたんですから」

「こりゃまた随分と不機嫌なこって」

「だ…っ!!」


誰のせいだと思っているんだ。そう言いかけては止めた。この人に何言っても仕方ない。 期待するだけ後が辛い。今でさえ辛いのだから。 それは怒りで自分を誤魔化してでもいないと、涙が零れてしまうのではないかと思う程に。


「うわァーひでェツラ」

「!!」


不貞腐れたふりをして外方を向いていたというのに、急に目の前に総悟の顔が現れ、は思いきり飛び退いてしまった。 触れるかと思う距離にあった顔。 整ったその顔の残像がチラつき、心臓がバクバクと音をたてる。 悔しいけれど、自分はこの男が好きなのだと認識させられてしまう。


「元が美人ならまだしも、そんな顔してると誰も近寄りやせんぜェ?」

「ほ!ほっといてくだ、さい…」


いつも聞かされていた悪態も、今日ばかりは胸に刺さる。 気丈に返したつもりだったけど、言葉尻は消え入りそうだった。 自分はあんなにも一生懸命だったのに、この人にとってはどうという事もなかったのだろう。 大勢の女のなかの、一人でしかない。 ただ自分は他の男の人と一緒なのが、イヤだっただけで。
視界がじわりと涙に滲む。 どうしてこんな男を好きになってしまったのだろうか。 こんな男に期待してしまった自分も自分だけれど、気持ちをこんなにも振り回す彼が憎くて仕方がない。


「俺くらいでさァ」


俯いて必死に涙を堪えるに、溜息交じりの声が聞こえた。 投げやりっぽくも聞こえるが、どこか優しさを帯びた声が。


「そんなツラした女の横に居てやれる優しい男なんざ、俺くらいでィ」

「……へ?」


総悟の言葉に、一瞬自分の耳を疑った。 そんなツラした女とは、自分の事なのだろうか。 いや、話しの流れからいって間違いなく自分の事だろう。 だとしたら、の横に居てやれる、とはどういう意味だ? そういう意味か? 総悟がそんな事言うなんて有り得るだろうか。 いやいや、彼の事だから持ち上げておいて、後で酷い事を言われるかも知れない。 人の気持ちを弄んで楽しむドSな彼だから、期待なんかしてはいけない。
ほんの少しの時間でぐるぐるとそんな事を考えていると、彼は既に部屋の襖を開けていた。


「欲しいモンは自分で取りに来いってんでェ」

「…え、何を…?」


障子で遮られていた西日が直接入り、目に染みる。 逆光になっている彼の表情は、あまり良く見えない。


「欲しいんだろィ?バレンタインのお返しが」


捨て台詞のように、総悟はそう言って襖をパタリと閉めて出て行ってしまった。 最後に見えた彼の表情は、いつものように口角が厭らしくあがっていた。 人を馬鹿にしているような、まるで人の気持ちを知っていて遊んでいるかのような。 俺の事が好きなんだろ?とでも言いたげな、黒い、黒い笑み。



ってたって アゲナイ
( 欲 し い な ら 自 分 で 取 り に 来 い )



確かに総悟はバレンタイン当日、わざわざの元へ催促しに来た。
彼は自分で取りに来たのだ。
そしてホワイトデーは、いつも昼寝に来るというに自室に籠もったままだった。
今からでも遅くはないというのか?
取りに来いというのか?
送った想いの、お返しを。


厭らしい笑みを見せる直前、西日が眩しくてきちんと見えた訳ではないけれど、 総悟の顔がほんの少し赤くなっていたのを、は見逃さなかった。

それはきっと、夕陽だけのせいでは、ないはず。




バレンタイン・ホワイトデー企画サイト 『 E T C 』
管理人の 楠瀬さんと心姉ちゃんに捧ぐ!大好き!!
(いらないとか、そんなん知らんよ)

Title by:Fortune Fate


Written by:ANNA