まっ朱なまっ朱な世界。
波の音が辺りを支配し、他の音が消えていく。
おっきな太陽を飲み込もうとしている海は、自身も周りも、全てをその色に染めていた。


「うーん…、」


ぽつりと声を零すと、少し前を歩く背中から ああ?と声が返って来た。
けれど歩みを止める気はないらしく、二人の距離は縮まらない。


「青い海とトシさんを想像してたんです」


声が返って来たからそう言ったのだが、今度は何も返ってこない。
まあ、元々返事など期待していなかったのだから気になどしない。
からすれば、二人で散歩している現状だけで、十分な進歩なのだから。


「今のトシさんには、似合わないなぁ…」


このまっ朱な海と彼はとても似合っている。 隊服は黒の長袖のうえにスカーフまで巻くので、見ているこっちまで暑くなるが、それでも似合っている。 それに、土方が武州に居た頃は、近藤や沖田と真夏に川で巫山戯ている光景なども目にしていた。 だというのに、太陽が眩しい真夏の海は彼に似合わないように思う。
海パン姿の土方など、想像すら出来ない。


(かかかか、海パン…!!)


下着と然程変わりのない彼の姿を想像しようとした自分に、はボッと顔を赤くし、ダメダメ、そんな破廉恥な想像をしては、と、叱責しながら想像の土方に服を着させる。
そうだ、海だし、折角だからアロハなど着させてみてはどうだろうか。 かりゆしでも良い。 赤い大きなハイビスカスが一面に描かれた南国ムード漂うシャツに、白いハーフパンツ。 レンズの大きなサングラスに、目の粗いつばの大きな麦藁帽子。
それは意外と簡単に想像できてしまい、は繰り広げてしまった想像という名の妄想のなかに浮かぶ、不自然過ぎる土方に吹き出してしまった。


「何笑ってやがんだ」

「あ、いえ、すみませ…っ」


ピタリと立ち止まって思い切り不機嫌そうな視線を向ける土方に、は慌ててニヤケ顔を取り繕う。
土方とは “偶然” この砂浜で再開した。
偶然にしては些か不自然だったかも知れないが “偶然” と言い張る。


『トシ!事件だ!』

『…何があった』


今から1時間程前の事だろうか。
事務をこなす土方の元へ近藤が焦った様子で駆け込んで来たのは。


『砂浜で女の子が襲われていると通報が入った!』

『…なんだそんな事かよ、んなもんテキトーな奴に向かわせりゃいーだろ』


焦った様子で…というのは撤回する。
物凄く不自然に、物凄く挙動不審になりながら、だ。


『…い、いや!お前が行かないといけないんだ!トシ!!』

『……なんで』

『ななな、なんでって…!な、な、なんでもだよなぁ、なァ総悟』

『そうでィ細かい事は気にすんな小っせェ男だなァ土方、 早く屯所からも視界からも出てって馬車馬のように働いて死ね、過労で死ね土方』

『きょ、局長命令だ!さあトシ!今すぐに向かうんだ!』


総悟の ソレ はさておき、近藤のキョドりかたは半端じゃなかった。
文字通り滝のように流れる汗と、360度グルグルまわる三白眼。
怪しさ満点だったが、その必死さにツッコむ気にもなれず、 そこに自分に関係のある何かがあるのだろうと、仕方なく海岸に向かってやった。

………で、日が暮れだした砂浜に居たのは、女を襲う野郎でも、襲われている女でもなく、
先週、数年ぶりに再開しただった。


『とっ、ととと、トシさん!きききき、奇遇ですね…!!』


誰も居ない浜辺に、近藤同様、嘘をつけない奴がポツンと一人。
その挙動不審さも近藤に引けを取らない。
手をわたわたと落ち着きなく動かし、口は開いて閉じてを繰り返すがこれといって何を言うでもない。
土方はとりあえず、でっかい溜息をひとつついた。

向こうに言う事がなくとも、土方がに言ってやりたい事は多々あった。 それはここまでかり出された経緯を考えれば至極当然。 けれど、土方と何か会話をしようと一生懸命になっているのは伝わってきたのでそれは飲み込み、 愛飲している煙草に火をつけ、全てが灰に変わるまで無言で待ってやった…が、 それでもから意味のある単語が発せられる事はなく、そして無理にあわせてやる必要性も感じず、背を向けて海岸線を歩く事にした。

本当に何か用事があるなら声をかけて来るだろうし、何もなく追って来ないならそれでも良い。
波の音でも聞きながら一服ふかして帰れば良いだけの事。
しかしはそのいずれでもなく、後ろを着いて来るだけだった。土方の予想した通りに。
ただ、時折ぶつぶつと聞こえる言葉はさて置き、噴出したのには流石に気になってに向き合った。


「あの、別に変な格好したトシさん想像して笑った訳では…っ」

「想像したんだな?変な格好した俺を想像して吹いたんだな?全部自分で言ってんじゃねェかアホ!」

「え!あたしそんな事…言って!ま、した、ね…」


人気のない真っ赤な海は、寄せて返す波音に抱かれているよう。
時間や空間の感覚もおかしくなり、一つ間違えば普段感じない孤独の恐怖すら覚えそうだが、何も言わず後ろを着いてきたの存在がそれを打ち消してくれた。 たまにぽつりと聞こえるの声も心地よかった。

けれど、そんな散歩の時間もそろそろ終わりにしなければいけない。

水平線は更に燃え、空と海との堺が分からない程になり、その分太陽から離れた場所は濃紺に色を変えていた。 五感を狂わす朱い世界も徐々にその顔を夜へ移していく。
そろそろを帰してやらないといけない頃だろう。


「そろそろ戻ったほうがいい時間だな」

「あ…、」

「パトカーが嫌じゃなかったら送ってやっから」


結局のところ、は土方に会いに来ただけなのだろう。
これといって実のある会話があった訳ではないが、嫌ではない時間の終わりは、土方もどこか寂しく感じた。
勿論それを顔に出す事はしないし、別れの時を切り出すのは土方の役目だと分かっている。
けれど、は違った。
焦ったり赤くなったり青くなったり、百面相を繰り広げていた表情ははっきりと 「寂しい」 と言っている。


逢魔が時、ともいうこの時間。
「魔が差す」 のも、こんな時間なのだと聞いた。
それが、何となく、分かる気がした。


夕陽が映すの姿は少女ではなく、確かに 女 であった。
濃い朱は影をも濃くし、の線を強調していく。 長い髪と瞳が生暖かい海風に揺れ、誰もが認める別嬪という程でもないがこれ以上なく魅力的に見え、切な気な瞳にドクンと心臓が跳ねる。
再開してから二度目。 確かに大人になったとは思ったが、に女を感じた事はなかったのだが。


どちらからか、自然と距離は縮み、もう少し動けば触れてしまいそうになっていた。
から目が離せない。
互いの一ヶ所が糸で繋がれているかのような、そしてそれが巻き取られていくように距離がなくなっていく。
は睫毛を震わせながら目を瞑り、ほんの少し砂浜に埋まる下駄の踵をゆっくりと上げた。




艶やかなの口唇に喉が鳴り、その生唾を飲み込むゴクリという音で我に返る。


「っ痛…!」


波音すら消えていた二人の世界に音が蘇る。
戻って来た世界では、が目尻に涙を浮かべ、両手を額にあてていた。


「デ、デコピン…?!」


一瞬目の前に星が散ったかと思ったそれは確かにデコピンで、じんじんと痛む額を必死に擦る。
その攻撃の意図を読もうと土方を見上げるが、ふいと顔を背けられてしまい、分からない。
今の流れはデコピンじゃなくて、アレ なのではないだろうか。 それともただの勘違い?もしそうだったのなら、土方が顔を背けてくれたのは好都合。 恥ずかしくて真っ赤になった自分の顔を見られる事もない。


「呼び出すのに近藤さん使っただろ、その仕置きだ」

「…あ、」


無理矢理土方の元を訪れて再開し、お友達からお願いします!と懇願してから1週間。
勢いでそこまでこぎ着けたは良いが、家が真選組の屯所に近いでもなし、これといって会う理由もなし。
それでも何年も再開を夢見て来た、このまま疎遠にするなんて事も考えられない。
それで、近藤に協力して貰ったのだが…、バレていたらしい。


「とりあえず俺らは “友達” なんだろ?」


先程までの恥ずかしさは消え去り、騙して呼び出した事に怒っているのではないかと不安になって
土方の表情を伺ったが、見上げた彼の顔は、今まで見た表情のなかで、一番穏やかだった。


「人なんか使わないで、普通に連絡してこい」


土方が赤くなっているような気がしたが、すっかり暗くなった浜辺では表情以外はよく見えない。
けれど、「、帰ェんぞ」 と、再開後初めて名前で呼ばれ、その言葉とともに差し出された手に、離れていた月日が少し縮んだ気がした。



うみ : NEO HIMEISM
おだい : Fortune Fate




Summer Ave.2010