週休二日…と、決まっている訳ではないけれど、真選組にだって休みはある。
それが例え、誰よりも仕事の多い、鬼の副長であっても。


ずるいひと



目の前には冷え切った弁当が並んでいる。 否、弁当は冷えていて半ば当たり前であるけれど、 テーブルを埋め尽くすその量にはうんざりする。はあ、とは大きな溜息を着いた後、視線を落とした。膝の上に置かれた自分の手。 その指先の爪は綺麗に整えられている。 着物に合わせてクリアカラーとホワイトのフレンチに、小さな桜の花びらを描いたネイル。 昨晩3時間かけた力作だ。 着物だって、5日前、今日の為に奮発して買ったもの。 弁当は朝5時に起きて作った。 気合いを入れ過ぎて、二人で食べ切れる量を遥かに上回っているけれど。 ――― それでも。 それすら話しのネタになるかなと、呆れながら苦笑する土方を想像しては自然と口元は緩んでいた。 街中では決してしてくれないが、 誰も居ない野原でなら手を繋いでくれるかも知れないという期待をして頬を染め、 送ってもらった家の前でキスするかも知れないと考えてドキドキし。
久しぶりのデートの約束、だったのに。


決まった曜日が休みのと、不定休の土方。休みが合うのは稀。それでも仕事の後にが屯所へ出向いたり、逆に土方がの家に来たりとそれなりに会っていた。 けれどここ最近はタイミングが合わずにそれすら出来なかった。会いたいなぁと思い始めていた頃に土方から来た一本の電話。 それは久々に全休が取れたからの行きたいところへ連れて行ってくれるという内容だった。は悩みに悩んだ。久々に映画も行きたい。 でも土方は”えいりあんvsやくざ”位しか見ないし。 ショッピングも良いけれど、彼は付き合ってはくれるが多分女の買い物というものがあまり好きではない。 遊園地…ではしゃぐタイプでもない。 そこで、ピクニックに行こうと誘った。 お花見の季節には少し早いが、外で食べる弁当は格別だし、 野原でシートを広げて二人でぼーっとするのも幸せだろう。 そう電話越しに力説すると、わかったと返事が返ってきた。 必死な言い方のに、幾分笑いを含んだ声音で。


『わりィ、仕事入っちまった』


後は出発を待つのみ。 ワクワクしながらその時を待っていたら、土方から入った連絡はそんな内容だった。


『…そっか。仕方ないね』


どうして? それは断れないの? 今日でなきゃいけないの? 仕事仲間は一体何をしているんだ。 久々に休みの人間を引っ張り出す程無能なの? 言いたい事はいっぱいある。
けれど、そう返事をしていた、聞き分けの良い自分。


『悪ィな、また連絡する』

『うん、頑張ってね』


全部口に出して言ったとしても、土方が仕事を断れる訳じゃない。 彼を困らせるだけ。 そんな事はわかっている。 土方が責任ある立場にいる事も。 でも。でも。とても楽しみにしていた。 ちくりと胸が痛くなる。 頭では理解しているけれど、心がついていかない。 こんなに楽しみにしていたのは、自分だけなのだろうか。 自分ばっかり彼の事が好きみたいで、それが、凄く、凄く、切なくて仕方がなかった ――― 。


暗闇からゆっくりと浮上していくような感覚とともに、瞼を持ち上げる。 うっすらと開けた目に暗くなった自分の部屋が見え、そこでは眠ってしまっていたのだと自覚した。 まだ肌寒い季節とはいえ、日はかなり長くなっている。 どれだけ眠ってしまったんだと自身に溜息をつき、再び目を閉じた。 頬にはテーブルの冷たい感触。


(折角の休みの日に何やってるんだろ…)


眠りに落ちる前の切なさを思い出し、目尻にじんわりと涙が滲む。 仕事なのだから仕方ない。 そう思えば思う程心が反発し、聞き分けのない子供のようになっていき、 それでもそれを出す事が出来ない自分に更に落ち込む。 そんな事をぐるぐると考えていると、次第に目が醒めていく。 このまま朝まで眠っている事ができたなら、また仕事に追われてこの嫌な気持ちも忘れられるのに。 そんな事を考えている時、薄暗い室内に小さな物音がしている事に気付き、パチリと目を開いた。


(何何何?泥棒?強盗?空き巣?!)


全て似たようなものだというのに必死にどれなのか考えてしまうあたり、はかなり動揺していた。 起きている事がわかれば危害を加えられるかも知れない。 動揺している頭ではそんな事すら考えられず、はガバリと身体を起こした。


「……あれ?」

「お、おう」


小さなダイニングテーブルの向かいに居たのは、土方だった。
勢い良く起き上がったに驚いて、目を見開いている。


「な、」

「……な?」

「な…」

「な、って何だよ」

「何で居るの、何で電気つけてないの、何で起こしてくれなかったの、何で来るなら連絡くれなかったの、何で…」

「ダァァーッ!わかった!待て!落ち着け!説明すっから!」


心のもやもやを一緒に吐き出しているかのような怒涛の質問ラッシュに、土方が制止をかける。 まだまだ聞きたい事は沢山あるようだが、とりあえず言葉を切ったに、土方は安堵の溜息をついた。


「仕事が思ったより早く片付いた。だから、来た」

「…来る前に連絡くれても良いんじゃない?」


がそういうと、土方は煙草を挟んだままの指で、テーブル上にあるの携帯電話をさした。 携帯を確認すると、確かに3件程、土方から着信が残っている。 思わず口が 『あ』 の形になってしまう。


「電気は、寝てんのが見えたからつけなかった。んで、疲れてんのかと思って起こさなかった。」

「…じゃぁ、突然来て、私が居なかったらどうするつもりだったの?」

「居たじゃねェか」

「居なかったら、だよ」


仕事後にわざわざ会いに来てくれたのは凄く嬉しい。けれど、昼間からずっともやもやして苦しかった元凶の土方が目の前に平然と居る事が少し悔しくて、は質問を続けた。土方は少しだけ考えて、言葉を続ける。


「居ねェ時の事は考えてなかった」

「え?」


それは、は必ず土方を待っている。 だから出掛ける事などない、と思っていたという事だろうか。 だとしたら、


「凄い自信だね」


自分は、に愛されているのだ、という。
それは事実であるけれど、やはり悔しい。 土方がちゃんと自分を想ってくれている事は知っているが、自分の彼に対する想いのほうが強い気がして。 それでも、彼がこうして自分に会いに来てくれただけで辛い気持ちは消えてしまっているのが、また悔しい。


「ずるいね、十四郎は」

「何だ、そりゃァ?」

「好きの気持ちに度合いがあるとしてね。十四郎が私を想うよりも、私が十四郎を想う好き度のほうが強いの」

「…んな事ァねェだろ」

「そんな事あるもん」

「いや、ねェよ」

「ある」

「ねェ」

「ある」


あるないあるない。端から見ればバカップル極まりない光景だが、にとっては大きな事だった。 土方が面倒臭そうに紫煙とともに溜息を吐き出すのを見て、じわりと目尻に涙が滲む。 彼にとっては、面倒で、どうでも良い事なのだろうか。



「オマエが知らないだけだ。 オマエが俺の事考えてる時間より、俺がオマエの事考えてる時間のほうが長ェ。」



土方のその言葉に、は目をぱちくりとさせた。
そしてその言葉を頭のなかで何度か反芻した後、パニックになる。
え? え? …、え?!
ちらりと彼の顔を見ると、ムスリとしながら変わらず煙を燻らしているが、赤くなっているのは隠せていない。 土方も自分と同じような事を考えていたのだろうか? 唖然としながら赤くなっている彼を眺めていると、クツクツと笑いが込み上げてきた。


「何笑ってやがる」

「ううん。ただ…やっぱり、私のほうが十四郎の事好きだよ」

「バ…ッ、!」


しっかりと目を見て気持ちを伝えると、彼は真っ赤になった。 馬鹿野郎、と最後まで言わずに、「んな事ねェよ」 と目を逸らしながらボソボソと言っている。 やっぱり、好きだなぁと実感してしまう。 あれだけ切なかった胸もポカポカとあったかい。 クスクス笑っているに、土方はバツが悪そうにチッと舌打ちをした。


「オラ、行くぞ」

「は?」


突然立ち上がりそう言う土方に、はもう一度目を瞬かせた。
行く?行くって一体、どこに?


「桜には早ェけど、梅は咲いてる」

「…うん、まぁ」

「花見くらい、今からでもできんだろ?」


そう言いながら土方はテーブルの上の弁当をまとめた。
夜桜ならぬ、夜梅とでもいうところか。


「ボサッとしてんな、置いてくぞコラ」

「ちょ、ちょっと待って!」


ズンズンと玄関へ行き、先に外に出てしまう土方の後を、は追った。 弁当をまとめた風呂敷を右手に持っているから、左手に周りこむ。 彼は眉間に皴を寄せるだろうが、手を繋いでやるんだ。 今日こんな想いをさせたんだから、その位は許してもらわないと。 そして、こう言ってやろう。


『十四郎はずるいね』


彼の言葉や行動で一喜一憂。
苦しい時は辛いけれど、知っている。その後にちゃんと引っ張りあげてくれる事。
それは本人も意識してではない事も。
だからこそ、ずるいと思う。
でも、そんな単純な自分も、嫌いじゃない。