浅い眠りからじんわりと浮上し、うっすらと目を開く。 手のひらには細い棒の感触。まだ身体が怠くて視線だけそちらにやると、何故かジャスタウェイと手を繋いでいた。 正確にいうとジャスタウェイ形の目覚まし時計で、そういえば数時間前にそれに起こされて、仕事!と一瞬慌てたが、 今日は有給休暇をとっていた事を思い出して仲良く眠りに着いたのだった。
ジャスタウェイを引き寄せて見ると、時刻は昼をまわってしまっている。 思い切り寝過ごしてしまった。 寝過ぎで頭もぼーっとし、全く回転してくれない。 やる事がある訳でも約束がある訳でもないが、人として、そろそろ起きなくてはならない。 けれど重い頭がなかなか言う事をきかず、眩しさに目を半分閉じたままごろりと回り、 隣で寝ているはずの銀時の様子を伺ってみる。
――― 背中。
いつも着ている寝間着代わりのよれよれになった作務衣一つ邪魔のない、背中。
頼りがいのある筋肉質な大きな……ではなく、猫背で少し寒そうにしている、 けれど誰のものより大好きなその背中をつうと人差し指でなぞってみた。
直後、ヒッ!という奇声とともに肩がビクリと跳ね、も素で驚いてしまう。
「わ!びっくりした!」
「わ!びっくりした!…じゃないでしょーがっ」
まだ少し眠そうな声のツッコミが背中の向こうから飛んできた。 今起きたのか起きていたのかは分からないし、起きている事に変わりはないのだが、どちらにしろこちらを向く気はないらしい。 それどころかそのままの目の前で背中をボリボリと掻き出した。 銀時がくすぐったがりな事を失念していたのは迂闊だったが、目の前に広がる光景は決して気持ちの良いものではない。
「目の前でボリボリ掻かないでー」
「あー…本格的に痒くなってきた。ちょっと背中掻いて」
「ひとの話し聞いてないし」
「痒ィーんだよ、どうしようもなく痒ィーんだよ、頼むお願いしますムズムズする助けてマジで」
「えー…、何か爪の中に入りそうでヤだ…」
「何かって!昨日お風呂入ってたでしょ?汚いオッサンみたいな扱いしないでくれる?銀さん泣いちゃうよ?泣いちゃうからね?!」
どうしてひとの背中を掻かなきゃいけないのか…と不服に思いながらも、自分がきっかけを作った責任と、 眼前の届きそうで届かないせいでプルプルとし始めた指も哀れに見えてきたのと、 ついでに本気で泣きそうになってる銀時が可哀想になってきたので仕方なく背中を掻いてやる。
「あーもーちょっと右、ちょい上、」
「はいはい」
「もっと右、いやちょい左、だーもー!いきすぎだコノヤロー」
「何よ掻かせておいて偉そうにー!はい終わり!」
「たッ!」
背中をパチンと叩いて強制終了する。 休みで布団から抜け出せずにゴロゴロしているとはいえ、寝起きに何が嬉しくて恋人の背中を掻かねばならぬのか。
…という事はこの際おいておく。
「どーして痒いトコって移動してくのかね?」
「………知らないよ」
いやらしさの欠片もないの爪あとが赤く残る背中からぷいと背中を背けると、彼はようやくこちらに顔を向けた。 途端に、くわっとあくびをひとつ。
「もう、色気ないなあ」
「色気だァ?色気なら昨日の夜散々振りまいてやったろーが、だってそれで散々もがごごご」
「うるさい何言ってんのバカ銀時エロおやじ!」
下ネタを口走りだした銀時の顔にぐりぐりと枕を押しつける。 下ネタと色気はだいぶ違うという事を知らないのだろうか。 確かに昨晩のアノ時の彼の表情等を思い出すと、ドキリとするけれど。
「あ、やべっ」
「…なあに?」
「ジャンプ買ってねェ」
「今日日曜だよ?」
「バカ月曜祝日だから昨日出てんの!」
「バカって言う事ないでしょーっ」
「あのねえちゃん、土曜発売のジャンプをバカにすると痛い目見るよ?月曜にはもう売り切れてたりすんだからね?」
「知らないよそんなの、自分で行ってきなよ」
「おねがぁ〜い」
「可愛く言ってもダメ」
ふうと溜息をつき天井を見上げると、明るい日差しのせいで埃が舞っているのが見える。 寝転がってまじまじと天上を見る事など滅多にないのでいつもより高く感じる。 急に会話がなくなったせいか、外で遊んでいる子供達の声も聞こえ出す。
それでも、無言が嫌な空気に変わる事はない。
一緒に居て長くなると緊張感やトキメキは薄れていってしまうけれど、気を使わないこの関係は、心地良い。
二人でぼけっと天井を見上げる。
この部屋だけ世間から置いていかれてしまっているような、この部屋だけの時間が流れている。
『坂田サーン、坂田サーン、オイ居ネーノカ、アホノ坂田ァ!』
再びうつらうつらとしてきた頃、二人を現に連れ戻したのはガンガンと戸を叩く音と片言の日本語。 まあ、それで、誰が何をしに来たか位わかる。
「、静かにしてろ」
「銀さんまた家賃払ってないの?」
「しーっっ」
人差し指を口元に当てて必死な形相で訴える銀時に圧倒され、じっと息を潜める。 こういった事は初めてではないが、今日は無駄に緊張してしまう。 下に住む住人達は勝手に入って来る事もあるのだが、今日だけは困る。 何しろシングルの布団に二人で何も着ないでいるのだから。 着る物は部屋の中にあるけれど動かないと届かない。 こんな姿見られたら何を言われる事やら。
ゆっくり流れていた時間を、今は早送りしたかった。
実際はそんなに経っていないと思うが、果てしなく感じたその時間は、カンカンカンと階段を下っていく音でようやく開放された。 そこで、ふと気付く。
「ねえ銀さん」
「んあ?」
「今日、あまり人が尋ねて来ないねえ?」
「あー、ああ」
銀時の周りはそれはもう驚く程キャラの濃ゆい人達ばかりで口喧嘩(ボケとツッコミ?)は耐えないが、 それでも彼は慕われていて、彼の周りにはいつも人が居る。
それが、今日に限ってはさっきの家賃の取立てきりである。
そもそも神楽と新八は?
「いーんだよ、今日は一日布団でゴロゴロしてるって決めてたの!」
「え、全然答えになってないよ?」
「今日は銀さんお誕生日だから 『お誕生日権』 を行使したの!」
「……は?」
銀時は不貞腐れてごろりと転がり、またしても背を向ける。
もしかしたらこれはあれか?『誕生日』を口実に、二人で居られるようにしてくれたという事だろうか。
もしゃもしゃの銀髪の隙間から見える耳は、ちょっぴり赤い。
もちろんトキメキは欲しい。適度な緊張感も必要だし、色っぽい関係にも憧れる。
だけどこんな風に一緒に過ごせるのが一番幸せで、そうしたいと相手も思っていて、そうしようとしてくれた事が何より嬉しい。
綻ぶ頬をそのままに、筋肉の上にうっすらとお肉ののった背中をぷにぷにと押してみる。
「あんだよっ」
「予定外の人が来ちゃったらどうするの?」
「んなン、さっきと同じようにすりゃ良いだけ!」
いい加減お腹が空いてもそもそと起き出し、襖に貼られていた銀時直筆の貼紙を見てが赤面するのは、これから二人でうたたねをした、後の事。
“銀さんとは居ません。お子様や独り身は目の毒につき立入り禁止”
Happy Birthday 銀さん
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戦場に猫
【さかたん2010】 さつきさんへ
Under Another World : ANNA