別れた男と再開する時、無駄に努力してしまうのは何故だろう。
綺麗になった、幸福そうだ、と そう思われたい。
別れた事を、後悔させてやりたい、とか。


「ハァァァァ…」


わざと臭い、盛大な溜息をついている銀時。 は横目に元カレのそんな姿を見ながら仕事に就いた。 彼の住居兼事務所の下の店で働いていれば、嫌でも顔を合わせる。 別れた女の職場が未だに行き着けの店という男はどうかと思うけれど、 自分もまた、別れた男の家の下で未だに働いているのだから何も言えない。 いつ顔を合わせるか判ったものではないから、の支度は毎日2時間かかる。 いつでも綺麗でいようと努力するのは大変だけれど、それはそれで女として良い事なのかも知れない。



「辛気臭いわねぇ」

「うるせェー」


再びついた溜息に、グラスに酒を注いでやりながら文句を言うと、少し間の抜けた声が返って来た。 既に出来上がっているようで、早くから呑んでいるのだとわかる。 は他の客に着く為にすぐ銀時から離れようとしたが、店主であるお登勢からの合図によって阻まれた。 クイと顎で銀時を指す、その合図。ソイツの相手をしてやれ、と。 雇い主に逆らう事は許されない。 は銀時に負けない位大きな溜息をついて、彼の隣へ座った。


「…また女にでもフラれた?」

「ほっとけ」

「あ、そう」

「ちょ、ちょっと待って。本当にほっとく事ないでしょォォ?」


ほっとけという言葉で、良しとばかりにあげかけた腰を、再び椅子におろす。 銀時の様子を見るに、が言った『女にフラられた』というのは図星なのだろう。 ハッキリ言って聞きたくない。 自分を振った男の、振られた話しなど。 彼はもうを女として見ていないから、普通に話せるのだろうか。


「銀さんがほっとけって言ったのに」

「ほら、それは、何つーの?言葉のアヤっつーか、ほら、あー…、あ。 俺、客。金払って呑んでんだから愚痴くらい聴いてけ。 そもそもスナックは上司や取引先に怒鳴られ、 部下も生意気で日々ストレスを抱えるバーコード頭のサラリーマンの為の憩いの場でしょーが」

「銀さんは上司も居なければサラリーマンでもないし、お金払うって言いつつ毎回ツケだし、 ついでに言うと白髪のテンパだけど…まぁ、仕方ないから付き合ってあげる」


残りわずかのボトルの酒を、は自分のグラスに注ぐ。 ボトルは綺麗に空になり、銀時が次に呑む時はまた1本入れなければいけなくなったのだが、それが何だ。


「で、何?またできなかったんだ?」

「何でソレお前が知ってんだよ」

「水商売の女の情報網をナメたら駄目よ」


水商売の女の情報網。 少し格好着けてそう言ったが、本当はそんなの関係ない。 銀時は何かあるとこの店に顔を出し、カウンターで酒を呑みながらお登勢に愚痴る。 風俗に行ったのにヤれなかった、毎度毎度そんな事を言っていれば耳に入るのは当然の事。


「わざわざお金払って女の子買って、どうしてできないのよ。どんなプレイ強要してんの?」

「あのなぁ…銀さんエッチの時は優しいでしょ?普段のワイルドな銀さんとイメージ違うー、ギャップ萌えー、って感じでしょ?」

「……まぁ、色々ツッコミたいけど、今はいいや。じゃあ、何でよ」


どうして別れた男の性相談なんか受けているのだろうか。 馬鹿馬鹿しくて悔しさも消えてしまう。 の半ば投げやりな言葉を気にする様子もなく、銀時は小さく溜息をついてから呟く。


「…勃たねェんだよ」

「………は?」


今、何て言った?
一瞬、銀時の言葉を聞き間違えたかと思った。頭の中で彼の言葉を反芻し、ようやく理解する。


「うっそだぁ!」

「嘘だぁ、ってちゃん、あのねぇ…」

「疲れててすぐ寝たいから嫌だって言っても無理矢理引っぺがして襲ってきてた銀さんが?!」

「だァー!!声デカイ!銀さんの人格疑われちゃうから小声で!頼むから、ね?ね?」


理解したらしたで信じられず、思わず声を上げてしまった。 銀時に言われるまでもなく、周りの視線が突き刺さり、は身体を小さくした。 客は少ないが店も狭い。視聴率は100%。 恥ずかしくはあるが、銀時の言葉がやはり信じられず、はブツブツと小声で問う。


「お酒入ると勃たなくなっちゃう人とか居るよね?や、銀さんはナイか。ナイよね、ナイナイ。じゃあ歳かな?」

「違げェーよ」

「じゃあアレ?勃たなくなっちゃうアノ病気」

「勘弁してよ、マジで」

「じゃあ何よ、もう…」


考えられる原因をあげてみるが、どれも違うと言う。 とて、水商売をしてはいるが、経験が豊富な訳でない。 他に何の理由があるというのか。訳がわからない。 そして、何が楽しくて銀時と他の女のセックスの話しをしなければいけないのか。 自分はまだ銀時未練があるというのに。 それを胸のうちに押し込めようと必死になっているのに。 はそんな感情を読まれないように、冗談を口にする。


「…あ。別れた女が忘れられない、とか?」


てん、てん、てん、てん… と、二人の頭上に微妙な間と空気が流れた。 はこの変な 間 に、目をパチクリとさせた。何だ、何だと言うのだ。 何か言ってはいけない事でも言ってしまったと言うのか。


「…もう一杯。」


沈黙を破ったのは銀時だった。 のほうを見る事もせずに、空いたグラスをずいと寄越す。 は動揺を隠すように席を離れた。 さっきの発言は冗談のつもりだった。カナリの自虐ではあるが。 だというのに銀時の様子がおかしい。地雷を踏んだか?そうならば期待をしてしまう。
否、そんな訳はない。自分を振ったのは銀時だ。 はそう自分を落ち着け、満たしたグラスを持ち、席へ戻る。


「はい、どうぞ」


そう言ってグラスを差し出す。 銀時は目の前のグラスを見た後、怪訝そうにを見上げた。 それは、銀時が今まで呑んでいたものでなく、彼が好んで良く飲むイチゴ牛乳。 飲み過ぎて家に帰った時も、必ず飲んでいたそれ。


「飲み過ぎだよ。コレ飲んでもう帰ったほうがいい」


銀時は飲み過ぎなんだ、きっと。セックスが出来ずに凹んで気持ちが迷っているだけ。 私が忘れられないから他の女とヤれないとか、そんな期待させないで。 私を言い訳にしないで。 だからこれを飲んで早く帰ってください。は心でそう呟き、今度こそ席を離れようとした、が。 強い力で思い切り手首を捕まれて、それは叶わなかった。


「銀、さん…?」

「俺はこんなモン頼んじゃいねェ。……なあ、」


胸がバクバクと高鳴る。 この小さな店では数人の話し声すら雑音となるが、その雑音が消えていく。 聞こえるのは、自分の心臓の音と銀時の声だけ。 そして、銀時は静かに言葉を紡いだ。



イチゴ牛乳より…



別れた男と再会する時、気合いを入れて化粧をするのは見返したいから。
ダイエットをして、おしゃれをして。
自分と別れた事を後悔させてやりたいから。
でもそれは、未練があるから。
銀時に。




ねぇ銀さん、私、期待しても良いのかな…?






銀魂企画『Silver Seat 2009』さまへ。