真っ暗な部屋でぽつんと体育座りしている。 ぽつん と言っても一人な訳ではなく、部屋には二人居るはずだ。 しかし、さっさと蒲団に入って背を向けて寝ている銀時を見ていると、独りでいる時より孤独に思えた。


夢の中の優しさ



今日銀さんと呑みにいらっしゃいよ、とお妙から誘われた。 最近の万事屋はいつもに増して不景気で、とてもお妙の店で呑める金銭的余裕などない。 そんなの不安気な表情に気付いたのか、お代は要らないわよと付け足された。 お金に(激しく)厳しい彼女のいう事だから不審に思っていると、 どうやら近藤(お妙はゴリラストーカーと言った)にボーナスが入ったらしく、 金を落とさせる為に人を呼びたいとの事。 大好きなシャンパン(スパークリングどころかドンペリ!)が飲める!と、 スキップしながら銀時と連れ立ったのが、薄っすらと月が出始めた頃だった。


「おぉ!さんもなかなか良い呑みっぷりじゃないですかー!」

「このゴリラ、ちゃんに絡んだら殺すわよ?」

「万事屋ごときの給料じゃドンペリなんか呑めねェだろィ?呑め。オレの奢りじゃねェから」

「お前、顔に似合わず結構呑むんだな」

「土方さんは顔の通り、やっっっすい焼酎がお似合いでさァ」

「んだと総悟ゴルァァ!!」


店の中心に位置するボックスシートの盛り上がりは凄かった。 噂の真選組局長だけでなく、副長、一番隊の隊長まで居た。 にとって彼らは初対面であったが、それでも皆気さくに話しかけてくれ、 酒のボトルは次々に空になっていった。 今思えば、周りの勢いで、かなりの量を呑んでいたように思う。 自分でもどの程度酔っ払っているかも把握できない程に。


「王様ゲェェェムゥゥゥゥ!!」

「近藤さんソレちょっとネタが古くないですかィ?」

「そう言うな総悟!無礼講だ!ほら引け!!」


何が無礼講なのだろうか。 近藤は割り箸をかき集めて作ったクジを、自信満々に沖田に差し出した。 呑んでいる本人達は楽しい以外の何でもなかったが、 周りの素面の人達から見たらグダグダな会話でしかなかっただろう。 近藤はお妙に相当呑まされたのか、目の焦点すら合っていない。 もう転がる箸ですら爆笑ものな雰囲気だ。 迷惑極まりないドンチャン騒ぎのなか、隅でひっそりとしているのは、 チビチビと呑んでいる土方と、ドンペリのドンペリ割りをここぞとばかりに呑み漁る銀時位だ。


「お?総悟は3番だな?!じゃー俺王様ー!!3番の総悟とさんがポッキーゲームゥゥゥ!!」

「え?えぇ?!!」


突然自分の名を呼ばれ、は思わず大声をあげた。 というか近藤の作ったクジを引いたのは沖田だけで、 王様の近藤も名指しのも引いてすらいない。そもそも名指しであるならゲームでも何でもない。 それもこれも、酒の力か。 沖田が無表情にポッキーを咥えたところを見ると、顔には出ていないが彼も酔っ払っているのだろう。


「生娘ぶって恥ずかしがっても無駄ですぜェ」


酒で目の据わっている沖田はの二の腕をぐいと上げ、強引にキスでもするかのように咥えたポッキーを口元へ持ってきた。 は思わず反射で反対側を咥えてしまう。 すると、途端に店内から歓声があがった。 どこからともなく、キース!キース!と呷る声も。 これは最早ノリなのだ。も店内の盛り上がりの中心が自分だという事に満更でなくなっていた。 勿論キスなんかしない。皆が楽しいならそれで良いかな?とお酒で回らない頭で考えていた。 プツリ と、口唇が重なる大分前にそれは中心から折れ、あぁあ〜…と、残念がる声が店内に響く。 皆が自分に注目していた。は、まるで何かの賞をとって親に誉めてもらおうとする子供のように、 少し誇らしげに銀時の居る方を見た。
――― が、彼はもう何処にも居なかった。


「…ごめんなさい…」


と、小さく呟いてみる。少し目が慣れてきたおかげで、蒲団の塊も認識できる。 音も立てずに上下しているその塊には、の声が全く届いていないようだった。


銀時がトイレなどでなく既に店を出て行ったのだと判った時、の酔いは一気に冷めた。背筋に冷たい汗が一筋流れた気がする。悪ふざけが過ぎた。 お酒の席で、その場のノリで、疚しい気持ちなど少しもなかったとしても、する訳ないと判っていても、 キス寸前の恋人の姿を見て楽しい者などいるはずがない。
が銀時を探してお妙の店を出ると、空はとっぷりと暮れていた。 小走りで来た道を必死に戻っていった。 どんなに一生懸命に走っても、追掛けてくる月との距離が全く広がらず、 あまり先に進めていない気がして月が恨めしくもなった。 それはただの八つ当たりに過ぎない事もわかっているのだけれど。


「ごめん…」


もう一度呟いてみても、声はすぐに闇に呑まれてしまう。 こんなに側にいるのに、声すら届かない。 塊の上下はゆっくりと規則正しい。きっともう眠っているに違いない。 手を伸ばせばすぐそこに銀時が居るのに感じる孤独感は辛く、は涙を零さないようにぎゅっと目を瞑ってからその蒲団に潜り込んだ。


「銀ちゃん」


大きな背中に縋りつくように、銀時の水色の寝巻きを掴む。 ごめんなさい、ごめんなさいと頭のなかで呪文のように繰り返す。 それが、孤独を消し去ってくれる魔法の呪文でもあるかのように。


「?!」


突然柔らかい圧迫感に襲われ、何も見えなくなった。 驚きで一瞬何が起こったかわからなかったが、それは抱き枕の如くを引き寄せていた銀時のせいだった。 ほぼ無意識。 銀時の呼吸は寝息から変わっていない。 寝ているにしても拒絶されてはいないのだと判り、ふいに訪れた安心感に我慢していた涙が溢れてきてしまった。 眠っている彼を起こさない為に、嗚咽は喉元で堪える。


「んあー?…?」


抑え切れなかった泣き声に、銀時は目を薄っすらと開けた。 抱えている自分の彼女が泣いているのを見て、寝ぼけたまま回した手で頭を撫でてやる。


「何で泣いてん…あー…」


夢の世界から引き戻されたばかりで状況把握が巧く出来なかったが、途中まで話しかけて納得した。 思い出した。大人気なく不機嫌になりながら店を出て来た事を。は反省を通り越して落ち込んでいたのだという事も。銀時もまた酔っ払っていた。 普段の彼なら、酒の席で彼女のそんなところを見ても、仕方ねーなァ と流せたはず。 良い気はしなかったとしても。それすら、出来なかったのだから。


「反省しやがりましたかコノヤロー」

「…、ん」

「じゃ、寝れ」

「ん…」


普段のそれであるような彼の言葉も、いつもより少し掠れている。 まだ夢現なのだろう。 そう言った後、すぐに銀時の呼吸は寝息に変わっていた。


「……銀ちゃん、ゴメン」

「んー」


もう返事はなくていい。けれどきちんと言いたかったからはそう口にしたのだが、思いがけず返事が返って来た。 明日、目が覚めたら今のやり取りを銀時は覚えていないだろう。 けれどきっとわだかまりもなくなっている。切ない程に苦しかった胸も、今はほのかに暖かい。


の頭にあった銀時の指が、子供をあやすようにほんの微かにトントンと動いたのを感じ、の頬は自然と緩んだ。