「別に、京平を呼び出したわけじゃないわ、店で偶然に会ったの」
ベッドの中でつぶやく言い訳は、妙に甘く多分に媚を含んでいるようで、嫌いだ
私の科白を聞いているのかいないのか、ぐい、と腕を引いて、波のように繰り返す行為
ほんの僅か、いつもよりキスが痛いのは、やっぱりジェラシーを感じてくれているの
仄暗い部屋で言葉も持たずに、切々と紡がれる睦事はひどく官能的で
唇が離れる音、汗粒が滴り落ちる速度、シーツの衣擦れさえも身体中を焦がす。
「誕生日に、女が一人で酒を飲んでるなんて侘しくてしょうがねえよな」
「そう言う意味じゃ、あいつにもちょっと感謝しねえとな」
「だが、全然気に食わねえ」
“侘しくさせたのは誰”脳内に微かに響くつぶやきは、それを補って余りある
莫迦らしいほどに愛おしい言葉でどこかに弾け飛んだ、嗚呼、なんて単純な
静雄の尖った肩先に額をつけ、薄く笑ったら、もっと烈しく攻めあげられた。
「大丈夫か」
「んん、ちょっと腰が痛い、かな」
「莫迦、往来で言うな、そんなこと」
「静雄が聞くからじゃない」
昼下りの池袋、煩雑な歩道を歩く私たち、道行く人々は静雄の姿を認めると
避けるように綺麗に左右の支流となって流れてゆく、それはもう面白いほどに
結局、半日以上静雄のアパートで過ごしていたことになる
少しだけ傾いた陽射しがやけに黄色く輝き、柔らかな痛みを伴う身体を優しく包む
静雄の部屋に忘れたブレスレット型の時計を想いながら携帯を開くと
数件のメールが届いていた、それは仕事のフォルダに振り分けられるものではなく
「、ちょっと待ってろ」
「え」
メールを開くのを逡巡している私に静雄が短くつぶやいて
顔を上げると、視界には、早くも通り向こうの花屋に飛びこむ後ろ姿が映り込んだ。
花屋の女性にぶっきら棒に話しかける静雄、女性が返す言葉に両腕を広げ
自分の身体の前を囲って見せている、そんなやりとりを知らぬ振りを決め込みながら
ちらりちらりと観察していると、大仰に眉を顰めた静雄が戻って来た。
「昨日は、悪かったな」
言葉と共に差し出された花束はひと抱えほどもあって
「ありがとう、どうしたの、急に」
「嗚呼、らしくねえよね、やっぱ、自分でもおぞましいぜ」
「っつ、トムさんに言われたんだよ、“女に詫びを入れる時は花だ”ってな」
吐き捨てるように言葉を放つ静雄の首に、何も言わず跳ねるように齧りついた
まるで私らしくない暴挙に、瞬間色を失った静雄が、気を取り直し
少し乱暴に身体を引き剥がして、“血迷ったか”短く零して歩き出す。
そのやたら速い歩調に必死でついて行きながら、唇の片端を上げ携帯を開いた
“未読のメールを削除しますか”“はい”見知らぬ男も気が置けない男も、バイバイ。
次の日、花屋の女性が教えてくれたエピソード
乱暴に店に飛び込んで来た男はひと言“花束を”と言ったそうで
“どんな種類のお花でどれくらいの大きさにしましょう”と尋ねられ
“花は何でもいい、大きさは、そうだなこれぐらいの細さか”と
まるで確かめるように、贈る相手を抱きしめた時の幅を示したとか
どんな仕打ちをされても、どんな酷い言葉をかけられても、嗚呼、私は
魂の端っこをしっかりと握られてしまった静雄から、きっと、逃れられないのだと。