磨りガラスを通し、柔らかくなった街灯の光りがの躯を妖しく照らす。
上で男が動く度にカシャンカシャンと金属の擦れる音が部屋に響き、その音を生んでいる手錠が、の手首に食い込む。
嘘で塗り固めた笑顔の裏
口唇を噛みしめると口内に血の味が広がった。
それを舐め取るように口の中を犯され、頭の中がじんじんと疼く。
「…いいね、その表情」
「っ、へ、んたい…!」
の口から移った血の味を楽しむようにペロリと自身の口唇を舐め、臨也は楽しそうに口角を上げる。
「その変態に犯されて、感じてるのは一体誰だい?」
「…うる、さい、」
「他に好きな男が居るのに、ねえ?」
噛みしめて真っ赤になっている口唇から紡がれるのは悪態のみで、喘ぐ事は決してしない。
けれど目尻に溜まる涙は、悔しさや悲しさからだけではない。
溢れ出して零れた一粒の涙を舌先で拭ってやると、声を堪える音が彼女の喉元から聞こえ、笑いがくつくつと込み上げてくる。
「、イイんだ?俺で、感じてるんだ?」
「バカな事、言ってないで、早く、終わらせて…っ!」
「えー、もうちょっと楽しませてよ、の、ナカ。」
覆いかぶさり、耳元で 「もう限界?」 と囁けば、の肌が粟立つのがわかる。
嫌悪している男を受け入れ、その快楽に流されそうになる自分にまた嫌悪し、それを与える男にまた嫌悪する。
その、繰り返し。
「じゃあ、今日は、そろそろお仕舞いに、しようか、」
楽しくて仕方ない。そういった笑みを貼り付けた臨也にもじんわりと汗が滲む。
そして、薄いゴム越しにのナカを思い切り擦り上げて、彼女を見下ろしながら、自分の欲望を吐き出した。
暗闇の中、臨也は勝手知ったるの部屋で、戸惑う事なく身を整える。
臨也は人の都合などお構いなしにを抱きに来る。
今日だって、そう。
仕事に疲れて睡眠を貪っていたところ、渡した覚えのない合鍵で部屋に入り込み、
手錠で身動きを取れなくし、身体も、精神も犯された。
その気になれば、女に飢える事などないだろうに、この男は。
「また来るよ」
「二度と来るなバカ」
この関係が始まったのは最近の事ではない。
高校から、ずっとだ。
まだ青かったが、静雄に恋に落ちてから、ずっと。
初めての時は本気で抵抗した。
痛くて、苦しくて、辛くて。
好きな男がいるのに他の男に抱かれた自分を責め、臨也を本気で殺してやろうと思った。
命を絶つ事すら考えた。
けれど、身体を重ねる度に、強烈な憎しみは何か別の感情へと変わってしまった。
「どうしてそんな事言うかなあ。俺はこんなにの事が好きなのに」
「あたしが、じゃなくて 『人間が』 でしょ?」
「もちろん!でも、は特別だよ」
拘束されていたせいで紅くなった手首をさすりながら、闇の中の人影に目を向ける。
「特別」 という、甘い、毒の強い言葉に惹かれて。
本当は、手錠なんか要らない。
抵抗なんか、しないのだから。
それでもそうするのは、自分は臨也を拒絶していると、自分自身に錯覚させる為。
自分自身を騙し、臨也へ、自分の想いを決して知られる事のない為。
もとより、が臨也を受け入れてしまったら、この関係は終わる。
「…人間で唯一嫌いな、静雄の事が好きな女だから、特別なんでしょう」
「うーん…」
「何よ、」
「最近それが良くわからないんだよねえ…」
臨也の言葉に、ドクンと心臓が高鳴る。
とうに静雄への想いはなくなっている。
最初は、汚らわしい自分など彼に相応しくないとか、そんな綺麗ごとで想いが薄れていったのだと思っていた。
けれどそれは、犠牲になってくれた何人かの恋人達のおかげで、違うのだと知った。
この感情は、出してはならず、気付かせてはならず、気付いてもいけない。
「わからないからさ、また来るね、」
何度となく足を運んでいれば、少しの明かりで不自由なく歩ける。
臨也は勝手に作った合鍵を人差し指でくるくると回しながらその部屋を後にした。
の想いの変化にも、自分の感情の変化にも、気付かないふりをして。
その笑顔の裏に、全部隠して。