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Sweet dreams,Sweet heart

メールの着信音に半ば反射で開いた携帯。
二次元から抜け出てこない仲間に呆れながら、何気なく開いたメールはからで、ただ一言、『 た す け て 』 とだけ、表示されていた。


「ったく、驚いたじゃねえか」

「…ん、ごめんなさい」


の熱い額に冷えピタを貼ってやり、安堵からの愚痴を言う。 こんなに熱があるのに寒いと言っているから、まだ熱は上がるのだろう。 これから夜にかけて、また。


「薬飲む前に、ヨーグルトだけで良いから食っとけ」

「……ん、」


どうやらは二日前から風邪で寝込み、動く事もままならず、 どうしようもなくなって先刻門田に助けを求めるメールを送ったらしいが、 朦朧とする意識のなかようやく打てたのは、あまりにも足りない一言だった。


そのメールを見た時、門田は背中に冷たい汗がつうと流れるのを感じた。 表情は一瞬にして強張り、一緒に居た遊馬崎、狩沢、渡草も何かあったのだとすぐに察する。

一体、に何があった?

門田は出来る限りの考えを頭の中で巡らせた。
メールで知らせて来たという事は、電話を架けられない状況なのか? 何者かに追われているのか? まさか襲われて…? こうしている間に、に何かあったら…!と。
返事は来ない前提で 『今どこだ?』  というメールを送りながら、すぐ渡草にバンを出させた。 考え付く場所を片っ端から廻るつもりだった。 まずは彼女の通う、自分の母校でもある来良学園。 しかし、返事を打てない状態になっているかも知れない…と思っていた相手から返ってきた二通目のメール。

『 いえにいる 』

が横になっているベットを背もたれにして床に座り、ドラッグストアで片っ端から買ってきた薬を漁る。 テレビも音楽もかかっていないワンルームでは、ビニールのガサガサという音がいやに耳につく。


「解熱剤が良いのか?やっぱ風邪薬か?鼻水…は、平気そうだな」

「……うん、」


独白のように言った門田の言葉に、 ベッドの上でもそもそとヨーグルトを食べ始めたは律儀に返事をした。 彼の言葉をきちんと聞いていたのか、それとも上の空でなのかは分からないが。

二通目のメールが来た後、門田はすぐにに電話を掛けた。 何かの事件に巻き込まれたのではと思っていた彼女は、実のところただ風邪で動けないというだけだった。
冷静で居られない程に焦っていた自分に自己嫌悪していると、 一緒に居た3人は追い打ちをかけるように攻めたてたが、皆ほっとしていたのは言うまでもない。 途中からただの惚気じゃないかという冷やかしに変わった時はさすがにイラっとしたが、 ドラッグストアに寄った後、の家まで送ってくれたのには感謝している。


「…ごちそうさま」

「まだ残ってんじゃねえか」

「もう食べられない」

「…仕方ねえか。ほら、じゃあこれ飲め」

「うん」


半分残されたヨーグルトのカップを受け取り、引き換えに水のペットボトルと薬を手渡す。

人の心配を余所にただの風邪と知り、門田は説教の一つでもしてやろうかと思っていたのだが、 いつも元気なが彼の顔を見た瞬間泣き出した。
身体が動かない程に具合が悪く、ただでさえ病気の時は心も弱くなりがちだというのに、 一人暮しだから尚更不安だったのだろう。 門田の姿に安心して泣き出したを前に、彼は説教をするタイミングとその気を同時に失った。


「少しは眠れそうか?」


薬を飲み、布団を被ったにそう問い掛けたが、返事はない。 様子を伺うと、きゅっと口唇をつぐんでいる。
余程不安な時間を過ごしたのか、普段は狩沢達に混じって門田に軽口をたたくが、今日は全てに対して大人しく従っていた。 けれど、『眠れそうか?』 という質問には、返事すらない。


「どうした?」

「………」

「眠くなくても寝たほうが良いのは分かるよな?」

「………うん、」


熱で潤んでいるの瞳に、更に涙が溜まっていく。 そして、消えてしまいそうな声で、「でも、あたしが寝たら帰っちゃうんでしょ?」と言った。


一人暮らしの女の家で、その女が寝ているというのに男が居座るのも何か違うと思い、 門田はの言う通り、彼女が寝付いたら帰るつもりだった。だった、のだが。
そんな事で泣きそうになっているに帰るとも言えない。

門田は 仕方ないか…という溜息を噛み殺す。


「…わかった、気が済むまで居てやるから、」

「ホント…?」

「だから、寝とけ」


熱で辛そうなうえ泣いていたの表情がパァっと明るくなる。今日初めて見たの笑顔に、門田も自然と笑みが零れた。
こんな時位は言う事を聞いてやるか…と、思っていると、一転。 確かに具合は悪そうではあるのだが、らんらんとした目で見上げてくるに、門田は嫌な予感が駆け巡る。


「あのさ、あのさ、」

「…なんだ?」

「ちゃんと寝るからさ、」


こんな風に、少し恥ずかしそうに、でも甘えるように喋るの言うことはろくな事がない。門田は片眉を一度ピクリとさせて身構えた。


「抱っこして?」

「…………、はあ?!」


の問いから反応するまでに少し時間があいたのは、何もの言葉が通じなかったからではない。 言葉の意味は理解は出来る。 そうする事の、意味が理解出来なかった。 に触れたくない訳ではない。 抱いた事だって、数えるのが面倒になる位にはある。 けれど、抱っこしてと言われて、にっこりと笑いながら 「いいよ」 と言えるようなキャラでもない。 どうやったら上手い事言いくるめられるか思案しながらを見ると、


――― う、


それは声に出ていたかも知れない。 言葉に詰まる、とは正にこの事。は、ひと昔前に流行ったCMのチワワのように、潤んだ瞳で見上げていた。 懇願するような、哀しんでいるような、そんな目で見詰められて拒絶できる訳がない。 門田は自覚している程押しに弱い。更に、何とも思っていない奴ならいざ知れず、自分の惚れている女なのだから、尚更。


「わかった…!わかったからそんな目で見るな…」

「やたっ!」

「きょっ、今日だけ、だからな…!」


嬉しそうに身体を起こすに、今日何度目かになる溜息をつく。 薄い綿毛布を布団から引っ張りだすだけではよたよたとしている。 食事もまともに摂っていなかったのだろうから、体力が落ちているのは当然。 毛足の長いラグが敷いてあるといえ、床で座って寝るよりベッドのほうが良いに決まっているのに、寝心地の悪い男の上が良いとは。

不安で、心細かったのだろう。人恋しかったのかも知れない。
そして、そんな時にが求めてくれたのは、自分。
だから、こんな時くらい。

ようやく取り出した毛布に包まるへ、ここにおいでと言うようにラグの上をポンポンと叩くと、 少し恥ずかしそうに門田の足の間にもそもそと入り込んでくる。 まるで小動物のようなその仕種に、自然と顔が綻んでしまう。


「…ゆっくり眠れそう…」

「そうか」


小さな子供をあやすよう背中をポンポンとたたいていると、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。 あれだけ情緒不安定になっていたというのに、すぅすぅと気持ち良さそうな。

の形の良いまんまるな頭のてっぺんに、くちづけをひとつ。

安心したせいか、門田にも眠気が襲いかかってきた。
大きなヌイグルミを抱いているような感覚。
愛しいヌイグルミの頭に顎を乗せ、大きなあくびをひとつした後、門田もゆっくり目とを瞑った。



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